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近代陶芸

藤本能道
Yoshimiti Fujimoto
ふじもと よしみち

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略歴  
【1919年(大正8年)】
1月10日、東京・大久保で生まれる。父は、大蔵省書記官。

【1941年(昭和16年)】
東京美術学校工芸科図案部を卒業。
文部省技術講習所第一部に入所。
加藤土師萌に陶磁器制作の技法を学ぶ。

【1944年(昭和19年)】
東京美術学校教授兼文部省工芸技術講習所主事となった富本憲吉の助手になる。
九谷焼系の色絵磁器の技法を習得。
第31回光風会展で「礎器色絵花瓶」が光風工芸賞を受賞。

【1946年(昭和21年)】
京都の松風研究所に田村耕一とともにデザイナーとして入所。
同所の顧問となった富本憲吉に再び、薫陶を受ける。
日展、国展に初入選。

【1947年(昭和22年)】
富本憲吉が結成した「新匠美術工芸会」に参加。

【1948年(昭和23年)】
京都の宮永東山窯に移る。

【1950年(昭和25年)】
鹿児島市に転居。
薩摩焼の窯業指導に当る。

【1956年(昭和31年)】
京都市立美術大学の専任講師となる。
4月、第2回日本陶磁協会賞を受賞。

【1957年(昭和32年)】
「新匠工芸会」を退会。

【1958年(昭和33年)】
「モダンアート協会」の会員となる。
前衛的な造形作品を発表。

【1962年(昭和37年)】
京都市立美術大学助教授を辞任。
東京芸術大学陶芸科の助教授となる。

【1963年(昭和38年)】
制作方向の転換により「モダンアート協会」を退会。
「日本陶磁協会」、「日本デザイナー・クラフトマン協会」に入会。
理事に就任。

【1964年(昭和39年)】
第11回日本伝統工芸展で初入選。

【1965年(昭和40年)】
ジュネーヴ国際陶芸展で「赤絵大壷」が銀賞を受賞。
日本工芸会東京支部展で受賞。
主として花鳥をモチーフとし精緻な描写によって絵画性の高い絵付を施した作品を制作。

【1966年(昭和41年)】
「日本工芸会」の正会員となる。

【1968年(昭和43年)】
第31回光風会展で「礎器色絵花瓶」が光風工芸賞を受賞。

【1970年(昭和45年)】
東京芸術大学の教授に就任。

【1973年(昭和48年)】
東京・青梅市梅郷に転居。
築窯。
着彩を白磁焼成の本焼工程前に加彩を行う独自の描画方法(「釉描加彩(ゆうびょうかさい」の技法)を確立。

【1976年(昭和51年)】
茨城県下を植樹祭で回られ、ホテル(茨城県高萩市)に宿泊された昭和天皇皇后両陛下の晩餐用に「幻の食器」と言われるディナーセットを制作。

【1981年(昭和56年)】
2月、第25回日本陶磁協会賞の第3回金賞を受賞。
紺綬褒章を受章。

【1984年(昭和59年)】
「日本陶磁協会」の理事に就任。

【1985年(昭和60年)】
東京芸術大学学長に就任。

【1986年(昭和61年)】
4月、「色絵磁器」で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。

【1990年(平成2年)】
東京芸術大学学長を退官。

【1991年(平成3年)】
勲二等旭日重光章を受章。

【1992年(平成4年)】
5月16日、逝去。73歳。

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